会合体

■ シアニン色素の会合と光学スペクトル

機能性色素の一つにシアニン色素があります。 一部のシアニン色素は、一定濃度以上で色素分子が一次元的に会合したJ会合体を形成することが知られています。 J会合体は有機色素分子が規則正しく複数凝集したもので、一次元鎖状に並んでいると考えられています。 これは1930年代にJellyとScheibeによってそれぞれ独立に発見されたが、Jellyに因んでJ会合体と名付けられています。 可視光領域における光吸収スペクトルにおいて、J会合体を形成することで単分散分子に比べて大きく長波長側にシフト(red shift)し、その半値幅が小さい吸光度の大きなJバンドと呼ばれる吸収帯を生じます。 この吸収帯に対してストークスシフトの極めて小さい蛍光帯を生じます。 このJバンドの起源は、会合体上に形成されたフレンケル励起子によると考えられています。 この会合体形成には色素の濃度が大きく影響しているが、溶媒の種類、温度、pHにも強く影響されることが知られています。

J会合体の発光スペクトル

 我々の研究室では、シアニン色素NK-2203を用いたJ会合体の研究を行っています。 この色素は色素濃度3×10-5M以上の水溶液中においてJ会合体が形成され、アルコール溶媒中ではJ会合体は形成されません。 このシアニン色素のJ会合体を含む溶液において、Jバンド吸収帯は2.08eVに観測されます。 この溶液に、Jバンド(596nm、2.08eV)より低いエネルギーであるHe-Neレーザ(632.8nm、1.96eV)を照射することで、右図に示すようにArレーザ(514.5nm、2.41eV)を励起光源として測定した発光ときわめて類似したスペクトルが得られることが確認されました。 2つの発光の形状とがよく似ていること、発光のピークエネルギーも等しいため、最終励起状態は同一であると推測されます。 また、He-Neレーザによる発光の強度が、励起光強度の一次に比例したことは、この発光が二光子吸収によるものではないことを意味しています。 光励起に用いたエネルギーよりも大きなエネルギーの発光が得られることは、非常に興味深い現象です。 He-Neレーザによる発光は、温度の低下とともに発光強度も低下する傾向を示しました。 発光強度の温度依存性から、活性化エネルギーを求めたところ、約0.13eVと見積もられました。 このエネルギー差は、Jバンドと励起光のエネルギー差(約0.12eV)に匹敵し、温度に換算すると室温の約5倍という大きな値になりました。 Jバンドの時間分解発光の測定から、発光の立ち上がり時間は約3ps、寿命は約200psという値を得ましたが、高エネルギー側での励起とと低エネルギー側での励起における差はありませんでした。 以上により、この発光は基底状態で熱的に励起された分子を励起したことで得られた発光であることが考えられます。

 次にシアニン色素の会合状態制御を試み、光学スペクトルとの関係について調べました。 シアニン色素の安定性は水溶液のpHに依存することが知られていることから、アンモニア水を用いてpHを制御し、吸収スペクトルの変化を観測しました。 その結果、吸収スペクトルのpH依存性には2つpH領域に分けて考える必要があることがわかりました。

  • pHが7.3から9.0までの範囲の変化
    pHが7.3以下であるとき、J会合体は形成されていません。 pHの増加にともない6.2、4.1eV付近の吸収帯強度が徐々に減少し、単分散分子に起因する2.4eVの吸収帯強度が増加します。 ほぼ同時に、J会合体に起因する2.1eVの吸収帯強度も増加します。 この6.2、4.2、2.4eVの吸収帯の強度変化は、主にpHが増加する際の分子あたりの吸収係数の変化、すなわち分子の形状の変化に起因していると考えています。 J会合体の吸収強度増加は、分子の変形が進むにつれ会合し易さが増大すると考えられます。
  • pHが9.0から10.8までの範囲の変化
    6.2eV、4.1eVの吸収帯の強度に変化はなく、pHの増加に伴い、単分散分子に起因する2.40eVの吸収帯が減少し、2.1eVのJバンドの強度が増加します。 このpH領域では、pH依存性に等吸収点が見られることから、単分散分子のみによる会合が進行すると考えています。

会合制御

 この現象は、左図に示すモデルにより説明できます。 pHが酸性にあるとき色素分子は6.2eV、4.1eVに強い吸収をもち、会合できない分子Aとして存在しています。 pHの増加に伴い、分子Aの変形がおこり、2.4eVに強い吸収を持つ分子Bに変化し、直ちにスタッキングが起こり、J会合体を形成すると考えています。

マルチメータ

マルチメータ

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