無機酸化物単結晶の作成と電子物性

■ anatase型二酸化チタン単結晶

図 様々なanatase結晶の光吸収スペクトル

 関谷研究室では、光触媒材料として注目されている二酸化チタンの同質多型のうち、anatase型に注目した研究を行っています。

単結晶の光吸収スペクトル

 一般に、遷移金属酸化物はd電子数、酸素欠陥、不純物、結晶構造に依存した多様な物性を示すことが知られています。 d電子を持たず、様々な不純物のドープが可能で、遷移金属酸化物中で最も単純な電子構造をとる二酸化チタンには、rutile、anatase、brookiteの3種の同質多型が存在し、遷移金属酸化物の物性を解明する上で、最適な物質の1つであるといえます。 このanatase型二酸化チタンの単結晶は、化学輸送法での育成が可能で、多くの場合、育成直後の単結晶は薄青色(pale blue)を呈し、酸素欠陥の存在を示しています。 このpale blue単結晶に、以下に示すような酸素雰囲気下、水素雰囲気下で熱処理を施す事で単結晶の色を変化させること、すなわち、酸素欠陥の量と欠陥状態を制御することに成功しています。

  • pale blue:as-grown状態、colorless結晶を500°C・水素雰囲気
  • yellow:pale blue結晶を500°C・酸素雰囲気
  • colorless:pale blue結晶を800°C・酸素雰囲気
  • dark blue:colorless結晶を650°C・水素雰囲気
  • dark green:dark blue結晶を400°C・酸素雰囲気
熱処理によって生じる様々な色を呈する結晶の吸収スペクトルを右図に示しました。 dark blue結晶、dark green結晶のスペクトルは非常に似ていますが、他の結晶については、いずれも特徴的な吸収スペクトルを示しています。

単結晶のESRスペクトル

図 anatase結晶のESRスペクトル

 左図は、様々な色を示すanatase型二酸化チタンの単結晶のESRスペクトルを示しています。 pale blue結晶では、伝導電子の表皮効果によるESRシグナルの非対称性が観測されています。 また、このシグナルに対する結晶の外部磁場方位依存性解析から、求められたg=1.992 and g//=1.963から、Ti3+の存在が示唆されます。 dark blue結晶、dark green結晶では、線幅が大きく異なりますが、pale blue結晶と同様な位置にg値を持つシグナルが観測されました。
 一方、yellow結晶では、大きく形状が異なるスペクトルが得られ、それらの結晶とはシグナルの起源が全く異なることを示しています。 colorless結晶では、通常の感度では意味のあるシグナルが得られませんでした。これは、colorless結晶中の常磁性欠陥が最も少ないことを意味しています。 as-grown(pale blue)結晶は酸素欠陥を含むと考えられ、酸素雰囲気下での熱処理温度の上昇により、pale blue結晶→yellow結晶→colorless結晶のように変化することを考慮すれば、この間の結晶の色の変化は、単純に酸素欠陥に酸素が充填されていくだけの変化ではないことが明らかとなりました。

■ yellow単結晶

図 anatase結晶の構造

 yellow結晶は、Ecの偏光吸収スペクトルにおいて、2.9eV付近に特徴的な吸収帯を持ち、他の色を呈する結晶とは全く異なるESRスペクトルを持っている点で、非常に興味深い欠陥状態であることが示唆される。 yellow結晶に特徴的なESRシグナルは2組のtripletにより構成され、その角度依存性の解析から、異方的g値として、gaa=2.00638、gbb=2.00376、gcc=2.00558、異方的hfc定数として、Aaa=2.26、Abb=31.8、Acc=3.60(Gauss)を得ました。 これらのパラメータ値は、rutile中の酸素を置換した窒素ラジカルの値に対応し、yellow結晶中にも窒素が酸素位置を置換して、ラジカルとして存在していることが示されました。 窒素が酸素を置換していると考えると、tripletが2組存在し、それらの角度依存性を説明できます。 anatase結晶中では、酸素原子が同一平面内で3つのTi原子と結合しています。 右図を例にとれば、青色○で表示した酸素と置換した窒素は、(100)面に平行な青色三角形で示すような3つのTiに隣接しています。 anataseは正方晶ですから、等価な三角形は(010)面に平行なものも存在することになります。 この窒素は、化学輸送法による単結晶育成の際に用いた塩化アンモニウムによりもたらされたと考えられます。  一方、窒素をanataseに導入すると、バンドギャップ直下に吸収帯を生じるという計算結果や実験結果が多数報告されており、yellow結晶のEcの偏光吸収スペクトルに見られた2.9eVの吸収帯との対応は興味深いと考えられます。 yellow結晶を得るための熱処理プロセスを考えると、pale blue結晶やcolorless結晶で、2.9eVの吸収帯が観測されないことは、この吸収帯の出現は窒素の電子状態に依存することを示唆しています。

図 窒素ドープ二酸化チタン薄膜の
XPSのN(1s)スペクトル

図 窒素ドープ二酸化チタン薄膜の
N K-edgeスペクトル

  2.9 eVの吸収帯の生成・消滅には、窒素の電子状態や局所構造の変化が必要であると考えています。当研究室では窒素ドープanatase型二酸化チタン薄膜を作製し、欠陥状態の変化に伴う窒素の状態変化について調査しました。 左は、窒素ドープ二酸化チタン薄膜を空気中で加熱した時のXPSのN(1s)スペクトルを示しました。未加熱の薄膜がblue状態に対応し、加熱温度の上昇に伴ってblue→yellow→colorlessと変化しています。加熱温度が上昇するとピークは高エネルギーシフトしました。ピーク位置は窒素の原子価を表しており、396 eV付近のピークは負の原子価、400 eV付近のピークは中性の原子価に対応します。 左に、窒素ドープ二酸化チタン薄膜のXANESのN K-edgeスペクトルを示しました。未加熱の薄膜の400 eV付近にみられる2本のピークは、N(1s)軌道からN(2p)軌道と Ti(3d)軌道の混成軌道への遷移に対応しており、窒素原子とチタン原子が結合していることを示唆しています。高温で加熱した薄膜にみられる1本のピークは、硝酸塩にみられるピークと類似しており、窒素原子と酸素原子が結合していることを示唆しています。 これらの結果から、窒素ドープanatase型二酸化チタンがblue→yellow→colorlessと変化するにつれて、窒素の原子価は負→中性、窒素と結合する原子はチタン→酸素と変化することが明らかになりました。

■ 紫外光誘起キャリアの永続的トラップ

図 紫外光誘起永続的ESR信号

 欠陥が最も少ないと考えられるcolorless結晶に紫外光を照射したESRスペクトル測定において、右図に示すような2組のsextuplet信号が観測されました。 このsextuplet信号は、結晶中に含まれる不純物のAlと相互作用した正孔が起源であると考えられます。 この結晶について、外部磁場方位依存性を詳細に検討したところ、g値はgxx=2.00268、gyy=2.0030、gzz=2.0144であり、hfc定数はAxx=4.91、Ayy=6.00、Azz=6.04(Gauss)のsextupletが2組ではなく4組あり、ESRテンソルのy軸は結晶の[100],[010]軸と平行であるが、z軸は結晶の[001]軸から約8.1°傾いていること、すなわちS4対称性を有することを見出しました。 このsextuplet信号は、紫外光照射を止めても永続するという特徴を有しています。 100Kでは1時間程度で減衰しますが、80K以下では10時間以上も永続し、紫外光で導入されたキャリアが永続的にトラップされることがわかります。 また、sextuplet信号は温度の低下とともに強度が下がり、40K以下では観測できなくなっています。 しかし、40K以下で紫外光を短時間照射した後にはsextuplet信号が観測できませんが、結晶の温度を上げることでsextuplet信号を観測できるので、紫外光で導入したキャリアの永続的トラップが起こっていることが明らかになりました。 低温では、Ti3+の信号が観測できましたが、紫外光照射を止めた後、幾分強度は減衰するものの、一部永続化していました。
 積極的にAlをドープした単結晶を育成し、同様の紫外光Sextuplet信号が観測でき、光誘起キャリアの永続的トラップが起こることを確認しています。

図 anatase中の歪Ti(Al)O6八面体

 Al3+を含む単結晶で観測されるSextupletが4組あり、S4対称性を有していること、および、ESRテンソルの傾きがanatase結晶中の短いTi-O結合の角度に近いこと、ドープされたAl3+はTi4+サイトを置換していると考えられることから、光誘起キャリアはこの短いAl-O結合上に局在化していると考えられます。  Al3+を含む単結晶でドープされたAl3+はTi4+サイトを置換して歪んだAl3+O6八面体を形成していると考えられます。この前提に立てば、観測されたsextupletが4組あり、S4対称性を有していること、および、ESRテンソルの傾きがanatase結晶中の歪んだTi4+O6八面体の短いTi-O結合の角度にほぼ一致することから、光誘起キャリアはAl3+O6八面体の短いAl3+-O結合上に局在化していると考えられます。 結晶内では静電原子価補償が成立するべきであることからTi4+をAl3+が置換する際に生じる正電荷の不足を補うために正孔が引き付けられる傾向があること、正孔がトラップされる際にAl3+-O結合が弱くなりAl3+-O結合が伸長することが予測されますが、Al3+はTi4+よりもイオン半径が小さいことから、Al3+-O結合が伸びる余地があり、これらが複合的に光誘起正孔のトラップを有利にしていると考えられます。 ドープする不純物の価数、イオン半径の大小と紫外光誘起キャリアのトラップについての関係性を明らかにすることが今後の課題となっています。

anatase二酸化チタン単結晶

anatase二酸化チタン単結晶

【このページの先頭へ】

http://www.sekiya-lab.ynu.ac.jp/