光誘起磁化

■ 希土類遷移金属複合酸化物

 光を照射することによって物質の磁性を変化させることを光誘起磁化と呼びます。 これは磁性イオンを基底レベルと磁気量子数の違うレベルへ光で励起してマクロな磁気モーメントを発生させることができることに起因しています。 一般に光励起で発生する磁化の立ち上がり時間は非常に早く、物質によっては励起光の強度だけでなく偏光状態や楕円率を変える事によってその強さが制御できます。 また発生磁化の緩和時間は遷移に寄与したレベルの性質や外部磁場の強さなどによって変わり、これらの結果からスピン格子緩和時間などの知見が得られるので、物理的のみならず磁気応用の観点からも興味深い現象です。

図 RCrO3 におけるスピン配列(1-4:Cr,5-8:希土類)

 我々はこの研究のために、希土類遷移金属複合酸化物である希土類オルソクロマイト(RCrO3:R=希土類原子)を選びました。 希土類オルソクロマイトは変形ペロブスカイト構造をとり、2種類の磁性イオンを含んでおり、磁性イオン間の磁気的相互作用のため、温度や外部磁場に対して右図に示すような様々な磁気相をとることが知られています。 希土類イオンはf電子の局在性のため、化合物を形成してもほぼ孤立イオンと同様の光スペクトル形状を示します。 一方、配位子の影響を受けるものの酸化物中でCrイオンも特有のスペクトル形状を示します。 これらのことは、一方のイオンを選択的に光励起することが可能で、磁気的相互作用を光学的に捉えることが可能であることを意味しています。
 我々の研究室では、PbF2を用いたフラックス蒸発法により、いくつかの希土類を含むオルソクロマイト単結晶の育成に成功しています。 ErCrO3については、133K以下で弱強磁性Γ4相、9.8K以下で反強磁性Γ4相に転移することが知られていますが、我々の育成した単結晶も同じ温度-磁気特性を示しました。 また、ErCrO3の吸収スペクトルでは、Cr3+の吸収帯とEr3+の吸収線がそれぞれ別々に観測されました。 特に、ErCrO3の吸収線は、Er3+の対称性のために分裂していますが、それぞれの磁気相によりスペクトルの形状、とりわけ、吸収線の強度が変わることがわかりました。 この性質を利用すれば、光照射により生じた磁気相を、光吸収スペクトルの測定により判別できることになります。

図 ErCrO3における過渡吸収

 左図は、Cr3+のU線に相当する590nmのナノ秒パルスを照射したときの、805nm付近に観測されたEr3+ 4I15/2 4I9/2 に対応する吸収線の一部の過渡的変化を表しています。 試料の温度は6Kで、レーザの照射前はΓ1相に対応する吸収線が現れています。 レーザ照射の直後に一部の吸収線が分裂していますが、これはΓ4相に対応する吸収線と一致します。 時間の経過とともに分裂した吸収線の強度が減少し、レーザ照射前の吸収線の強度が増加する様子が観測できます。 これは、Γ1相にレーザパルスを照射したことで、Γ4相への相転移が誘起できたものと考えられます。 しかしながら、詳細に検討したところ、この緩和過程の寿命は数msのオーダーであり、Γ1相の吸収線の消滅はΓ4相の生成に比べて遅いことがわかりました。 この緩和過程では、照射したレーザ光試料表面で試料に吸収され、主に試料温度の上昇に寄与しており、試料結晶の温度の変化の影響を大きく受けていると考えています。 光照射による電子状態の制御と、それに伴う磁気的影響を検出する実験を行っています。

 また、ErCrO3において、Cr3+のU線に相当する590nmのナノ秒パルスを照射することで、Er3+4I9/24I15/2に相当する遷移でのみ発光を観測しています。 この発光は、低温になるにつれ発光強度が増加し、Arrhenius型の温度消光を示しました。 また時間分解発光の測定から、この発光が装置関数とほぼ同時の立ち上がり時間を有し、単一の指数関数的な減衰波形を有していることが判りました。 これにより、励起を受けたCr3+からのEr3+へのエネルギー伝達は光励起直後であり、発光の始状態はEr3+の励起準位4I9/2であると考えられます。

SmCrO3単結晶

SmCrO3単結晶

【このページの先頭へ】

http://www.sekiya-lab.ynu.ac.jp/